突然の病で3月29日の日曜日に救急車のお世話になってから、 4月10日まで約2週間入院していました。 医療に関しては情弱な僕なので、詳しいことはお伝えできませんが、 一患者の目から見た入院報告です。

この記事は思い出しながら書きましたので、 足りないところや思い違いな所もあると思われます。 そこのところをご了承くださいm(_ _)m

3月29日(日)病は突然にやってきた

病室の窓から
途中から病室の窓際に移動できました。

3月29日(日)の朝8時、何だか上手く呼吸できていないことに気がつく。 気になりだしてからどんどん苦しくなっていくので、 9時に掛かりつけのクリニックへ移動することを決心する。 混雑程度を確認するためにクリニックへ聞いてみたが、大丈夫とのこと。 行くがどんどん上がってくる。まずい。外は霙が降ってきている。

クリニックへ行く間、細〜く息を継いでいく。 霙の中、足元に注意しながらゆっくり進む。 人通りは少ない。 オレンジ色のレスキュー隊が目につくが、まだ大丈夫だろうと思う。

途中にある第2京浜国道の信号がもどかしい。 体を前に折り曲げてみても十分の呼吸が出来ない状況。 ここで気を失うことも考えられる。 そうなったらお終いかなと頭によぎる。

信号が変わって渡ろうとするが、足が重い。 我慢してクリニックへ向かう。 クリニックは坂の途中にある。 その坂を昇るのが大変。

3月29日(日)クリニックに到着する

クリニックに入るとガランとした雰囲気。

そうか、新型コロナウィルスのせいでクリニックへ来る人が少ないんだ。 そんなことを考えながら、反射的に財布から保険証と診療カードを出して提示。 息が苦しいことを申告してから、いつものように血圧を血圧を測ろうとすると、 先生がすぐ診察室へ入れと声がかかる。助かったのかな。

診察室で僕の顔をひと目見た先生は、奥の治療室で休みながら、 レントゲン、血液、血糖、酸素量などの検査を行うように手配してくれた。

ベッドに横になるとかえって苦しい。 座っていると何とか息がつける。 家では焦ってしまい、それだけで息がつけなくなってしまったようだ。

3月29日(日)心不全と診断される

やがてレントゲン映像を元にして先生は僕に告げる。

  1. 心臓が肥大して普通の倍になっている(つまり疲れている)こと
  2. その所為で血液循環が上手く行かず、酸素不足になっていること
  3. 今後もこのような事態は十分起こり得ること
  4. この際、専門の病院で手当を受けることが勧められること

3月29日(日)救急車で転院する

即近くの大学病院へ転院することになり、先生がERと連絡を取っている。 僕は緊急の連絡先やら住所やらの用紙に記入を急いでいる。

検査結果とお会計を済ませたのは言うまでもない。

やがて救急隊員が来てくれて、 酸素マスクを着けてもらいながら救急車で大学のERへと運ばれた。 途中の中原街道ではお馴染みの 「救急車が右に曲がります。ご協力ありがとうございます。」 の声が救急車車内から聴けたのはコソバユカッた。

人生初めての救急車にERに入院となりそうだ。 どうなるのやら。

3月29日(日)ER到着して

ストレッチャーのままERに運ばれて、受付で保険証を見せて、 ERの処置室に運ばれる。

すぐに先生が来てくれて状況を確認。 ポータブルな心電図やレントゲンでデータを上げていく。 点滴を確保して、生理食塩水を流し込む。 そして利尿剤も流し込む。

やがて次女が駆けつけてくれた。 ありがとう。

ポータブルなエコー画像装置で心臓の肥大具合を見せてくれた際には驚いた。 心臓の筋肉が薄いというのだ。

尿瓶に2回ほど尿を取った当たりで、ERの入院病室へ移る。 一晩ぐらいお世話になるようだ。 ところが、着衣や手続きなど色々とやってる内に、急に病室へ収容されることに。

手順が速いのは、ERへ運び込まれる前に電話で交渉して頂けたお陰かもと思う。 有り難し。

3月29日(日)一般病室へ移る

一般病室入ってすぐ左のコーナーに着きました。 ここはつけている画像とは違って窓際ではありません。

心電図と酸素濃度のモニターと酸素吸入マスクをつけられて、 「移動できるのはこの病室内だけです。 トイレに行くときには看護士が付き添います。」と言われる。 確かにこんなに管が繋がっているのでは一人ではいけない。 点滴、酸素、心電図などで管が2本、コードが4本になる。

付き添ってくれている次女がロッカーに私物を入れてくれて、 「洗濯物は順次持って帰る。」とのこと。 ありがとう。

ベッドに横たわっていると、今度は書類の嵐。 入院手続きとか、本人確認とか、患者ユニホームのレンタルとか、 治療方針の説明書とか、何枚書いたか覚えていない。

そしてやがて夕食がやってきて、結構美味しいのに驚いたり、 消灯22時まで他の患者さんが結構活動的なのに驚いたり、 眠っているところを深夜の検温、血圧や糖度の検査で、優しく起こされたり。

3月29日の土曜日は更けていきます。

2週間分の記憶を引き出しながら書いていきます。 今時点で未完ですので、ご了承ください。

3月29日(日)とにかく静養

生理食塩水の点滴を継続 酸素吸入継続で、 兎に角静養する。 時折書類の件でサインを求められる以外は、ベッドの上。

心臓のエコー検査を受ける。入念に30分ほどかかる検査。

医師のお話では心臓を元気づける治療と、 高血圧、糖尿の治療を並行して行うとのこと。 治療方針とその明細を印刷して示された。 頭を下げて了解しました。

聞いていたのとは違って、病院食は美味しい(一般職)。 これでローカルリーで栄養十分なら販売しても良いんじゃないかと思う。

スマホをベッドの上で使えるのは嬉しい。 ギターのレッスン4月分をすべてキャンセルする。 先生は心配してくれているが、発表会までキャンセルなので、心苦しい。

3月30日(月)検査等特に無いとのことでノンビリ

特に検査等の予定はないので病院内のルールに慣れることが目標。

入院着やタオル、歯磨きセットについては1日370円のレンタルでOK。 欲しい時に取ってこれるので便利。 動けなければ看護師に頼んでも可。

シャワーを浴びる許可が出たら、看護師に時間予約を頼む。

看護師は夜間、中間で交代するので、自分の部屋の担当者を覚える。 忘れてもナースコールを押せば良いだけだが。

利尿剤を点滴しているぐらいなので、お茶や水は自由に摂って良い。

スマホの充電は医療機器の電源から行わないでください、 とのことだが、コンセントボックが転がっていて空き口があるので、 使わせて頂きました。

3月30日(月)リハビリしなくちゃいけない

ノンビリしていたら、リハビリの看護師がやってきて、 基礎体力を測定された。 足の力が強いですとのこと。散歩のお陰だ。 4月3日(金)から月水金のサイクルで通ってくるようにと言われる。 4月1日は病室へ来てくれるそうだ。 中々手際がよろしいな。

3月30日(月)息苦しさが再発したがなんとか

夜間に横になっていたら息苦しくなって、 朝方までベッドの上で座り込んでいた。 ちょっと騒いでしまって、ごめんなさい。

3月31日(火)今日も静養一筋

体には心電図や酸素量の測定機器が継いていて、 サーバーへデータを24時間送っている。

静養と行っても常に様子を覗かれていることになるので、 正しく(?)ベッドの上にいないといけない。

4月1日(水)リハビリだけの1日

病室のフロアの通路を利用して、6分間の強歩を測定された。 年齢水準を超えるペースだとのこと。 足には自身を持っていかも知れない。 次は4月3日(金)にリハビリを1セット行うとのこと。

何かの検査があったようだが忘れた。

4月2日(木)心臓カテーテル検査の前日

カテーテルでの心臓検査の説明を受ける。 念の為に心筋の生検を取りたいので、鼠径部から入れるとのこと。 造影撮影と合わせて1時間を超えるオペとなりそうだ。

何かの検査があったようだが忘れた。

4月3日(金)心臓カテーテル検査

心臓カテーテルのオペ日だけど、午前中にリハビリを1セット受ける。 ウォームアップ体操、エルゴメーター漕ぎ、クールダウン体操の順で1時間ほど。

リハビリから帰って、心臓カテーテル検査室へ入る準備をする。 準備と行っても下着をT字帯(褌)に帰るぐらいだ。 昼食は延食ということで、13時頃に移動開始。 病室からストレッチャーで移動する。 帰りは歩いて帰れないので、このストレッチャーを使うのだそうだ。

そりゃあ、鼠径部から心臓までカテーテルを通したら、 それなりのダメージだろうなあ(しかも2本)と思う。

移動中に目を閉じているといつの間にか検査室の中に到着。 雰囲気は手術室そのもの。

カーテンが張られているとは言え、 すぐ脇で若い女性と家族が赤裸に手術の打ち合わせをしている。 まな板に乗ったコチラとしては、急に焦りだしてしまう。

順番が来てオペ室に入る。 見慣れた先生が準備している。 導尿パイプを入れて貰う予定だったが、 ここまで施術されていないので、このタイミングで入れる。 なかなかの大きさのものが尿道に押し込められるのは痛いなあ。

まずは右鼠径部の麻酔から始まった。 次に大動脈と大静脈にパイプを埋め込んでいく。 少し痛みを感じたが、先生が顔色を見て麻酔を追加してくれた。

何がどうなっているのか、モニター画面も見えない状態だったので、 只管先生の指示通りに、深呼吸したり、「大丈夫ですかあ?」の問に応えたり。

先生が「血管は問題無いです。」「弁膜にも問題無いようです。」 「心筋の生検採りました。」と仰るのに「ありがとうございます。」 と答えたりしている内に、検査終了。 恐らく90分ぐらいかかっているかと思うけど。

乗ってきたストレッチャーで病室へ帰り、ベッドに収まる。 妙に冷静な自分。 この時点での状態は、鼠径部にパイプが埋まったままで、 導尿パイプも入ったまま。

やがて先生が見えて、特に問題は見当たらなかったと仰りながら、 2本のパイプを一気に抜く。 うわあ、血濡れたパイプが2本! 一瞬緊張したが痛くない。未だに局所麻酔が効いているんだろうか。

次に大動脈と大静脈の止血。 16分ぐらい先生がしっかりと抑えて止血した後、 ガーゼを当ててテープでしっかり抑える。 後は6時間右足を動かしてはいけない。 寝てはいけないので、22時10分まで寝ることも許されない。

導尿パイプは相変わらず入ったままである。

やっと時間になったが、当直の先生が緊急事態で動けないとか。 結局止血の成功が確認されて、テープが外され、導尿パイプが除去されたのは、 22時35分ぐらいだった。尿道からは血が滲む。

後は寝るだけ。疲れた。

4月4日(土)窓際へ引っ越し 尿の採取

病室の患者さんがだいぶ居なくなったので、窓際のコーナーで引っ越しできた。 順番に窓際に送られていくイメージだね。 今から1週間ほどここの光景と暮らすわけだ。 良いね! ブログのネタじゃないですか。

1回ずつ尿の採取を言われた。 空いたカップに排尿して名前ラベルを張った上で所定のところに置くだけ。

4月5日(日)病院への面会が規制されることに

身内がいつものように見舞いに来ていたら、 「今後は所定の手続きを踏まないと面会できない。 基本的には面会できない。」とか言われる。

流行りコロナの対策のようだ。 非常事態宣言が行われたのだ。

外来の受付もロックアウトされるようだし、 ERでは入口前に検査様のトンネルを作っている。

5月の連休明けまで続くらしいが、どうなるか、それで済むのか。

生命保険さんへ留守録音を置いていたら、コールバックあったので、 入院の顛末をお話。 申込用紙を送ってくれるとのこと。 基本的に病院から出る資料をコピーして送るだけらしい。

4月6日(月)リハビリと洗濯と

午前中はリハビリの1セットを受けに行く。 容量が良くなってきたが、上半身の筋肉が痛い。

リハビリも5月の連休明けまでお休みらしい。 再開したら連絡をくれるとか。

身内が面会できないので、洗濯物(下着)を自分で洗うことにする。 TVカードと洗剤を用意すれば、洗濯と感想が行えることになっている。 洗濯30分、乾燥30分と、1時間ほどで仕上がります。 下着にアイロンは無し。

4月7日(火)蓄尿を言い渡される

4月6日に明日の朝6時から24時間の間、 蓄尿してくださいと言われていたので、 用意の2lボトルにため始める。

5時に出た分は入れていないけどね。

結構トイレには行くもので、 8日の朝6時にかけて、 2l+40cc=2040cc溜まったもんだ。 利尿剤効いているねえ。

4月8日(水)リハビリと無呼吸症の検査

午前中にリハビリを1セットこなす。 楽勝な負荷である。

今晩は無呼吸症の検査を行う。 専用のセンサーを着けて無呼吸症があるかを調べるらしい。

昔忙しい時に考え事をしながら横になっていると、 横で奥方が「息してないわよ」とか行っていたので、申告したが。 あまり確かな情報ではないからどうかなと思っていた。 実際に先生から何も言われなかったので、問題なしだろう。

4月9日(木)栄養指導と、医師の面会

栄養指導を受けた。

  1. 暴飲暴食を避ける
  2. 塩分の規制
  3. カロリーの規制
  4. 禁煙
  5. 醤油やソースは小皿で
  6. 麺類のつゆは飲まない
  7. 漬物、佃煮、うめぼし、塩から、キムチは禁止
  8. 食事メニューのログを録る

医師が訪ねてきて、最後のご指導を受ける。 特にコロナ関連で外来が規制されるので、5月の連休明けからと念押しされる。 4月11日から5月9日までは自助しなければならないのだ。

4月10日(金)退院そして支払

朝から撤収準備。

看護師、薬剤師、医師が朝から訪ねてくれて、 色んな資料や情報を置いていってくれる。

先生が言うには、5月8日の外来で各種検査結果の評価を聞かせて頂けるそうだ。

そして請求書が来て手続きはお終い。

でも医療テープのかぶれに効くかゆみ止めが欲しかったなあ。

結局午前中一杯かかった。 昼食は頼んでいないので、身内を13時に呼んでいる。

余った洗濯石鹸と、TVカードはまだ居る患者さんに進呈した。

13時になって看護師さんに私物の撤収を確認してもらい、 病室にさよなら。 エレベータ前で振り返ったら、さっきの看護師さんがニッコリと。 お世話になりました。

1階の支払機でクレカ払いしてから病院を去った。

お昼は身内と和食の店で。 帰ってきたなあと実感しました。

思えば、このビルの下をヨロヨロと、 クリニックへ向かっていたんだよなあ。

あの日から2週間の出来事。