スーザン・ケア氏をご存知でしょうか。 Gigazinに 彼女の記事 を見つけて、昔のことを思い出しました。 昔話にお付き合い頂けますか?

昔のMacのアイコンたち

雨の秋葉原にて

そのデザインとGUIに惚れて、ついに手に入れたSE/30。 (Windowsなど使い物にならなかった。主力はDOSの世界) メモリは最大の8MB、キーボードはUS配列。 バブル景気当時にT-Zone(愛三電気の道向かいにあった)の1階で購入したのだ。 強い雨が降っていた。 いつもそうだ。大きな買い物には雨が降る。運搬専用バッグ追加だ。

タクシーに押し込むと我が家にまっしぐら。

自宅にて起動

早速開梱して通電したときの起動音が忘れられない。 「ジャーン」ではなく「シャーン」と聞こえる。 5年ローンのことなど、なんの心配もしていなかった。

やがてStyle Writer、HDD(200MB!)と買い増して、良き相棒になったのだ。 ワープロしたり、BSDしたり、フリーソフトを漁ったり、 麻雀したりして楽しんだものだった。

仕事に使えた

当時の仕事はフリーのSEと言う立場だった。 いちいち契約書が必要になるし、顧客の管理もいるしで、 遊ぶ傍ら仕事にも使うことになる。

見積書、納品書、請求書、顧客情報などをワープロやDBで処理した。 ワープロはNisus7、DBはFileMakerといったラインアップ。 漢字Talk7.1を日本語化した環境だった。

インターネットには当時繋げなかった。 せいぜいパソ通と言うやつで、モデムでNiftyServeを楽しんでいた。

やがてインターネットの波が

Windows95などによってもたらされたインターネットの波が、 SE/30の能力を超えていった。

モデム経由でMosaicを動かして仕事をするのは、効率の面で満足できなかった。 この時点で仕事用途からは外してオフラインで遊んでいたが、 やがては倉庫で眠らせることに。

この間、試しに通電してみたが、sad Macだった。

WindowsとLinuxの世界へ

上位互換のMacを調達しようと思ったが、価格、能力の面でDOS-Vに敵うところはなく、 手持ちのPCはWindowsに移行して行った。

実はこの裏にはLinuxを試したいという思惑もあった。 Macでもエミュレータが動いていたが、UNIXライクなOSがブートしてくるところが魅了だった。 そして対応しているハードは、その当時Intel系列が必須だったのだ。

仕事はWindows、趣味はLinuxの生活が永く続いた。

Linuxだけの世界で

今は仕事もリタイアしたので、好きなOSを使える。 現在はLinuxディストリビューションの一つであるUbuntuを使っている。 生活道具として使うには工夫も要るが、結局何の不足もなく暮らせている。

プリンターが繋がらない問題があっても、
PDFで出力して、プリンター自体の印刷機能で印刷するとか。

もしMacを続けていたら

もしも、Macの世代交代の荒波に浮かび続けていたら、 どうだったろうか。

MacはやがてUNIXの流れに入って行った。 これはとても魅力的な出来事だった。 当時はMacのGUIを強調していたが、今ではUNIXの顔を隠すこともしていない。

そして今は、ITエンジニアの大部分がMacを使っている状況になっている。

でも最終的にLinuxを選んだのは僕には正解だった。 商用OSからは手を引くと言う意味合いで。

それでは、また